2016/06/01 教えて育てると成長は止まる バドミントンと指導 

前回までに、バドミントンの戦術や戦略についてのお話をメモして来ました。ダブルス編に移る前に、戦略や戦術を伝える前に、意識しておきたいことを書いておこうと思います。今後のジュニアの子達が環境が変わっても成長できるかどうかにつながる大切なお話です。

しっかりとしたチームに属するジュニアの子たちは、誰かに教えてもらう機会が、他のチームに属するジュニアの子達に比べて圧倒的に多いものです。そこで技術や戦術、戦略を習得し、結果を出していく。結果がついてきていれば指導者もそれで問題ない、これが教えるという事だと考えてしまうものですが、そこに大きな落とし穴があることを意識しておきたいのです。

子供たちは、教えられる事になれすぎて、自ら学ぶことをやめてしまうという落とし穴です。日本の教育は、その漢字が示すように、「教えて育てる」がベースになっています。学校だけでなく、会社に入っても、まずは「教え育てる」研修からスタートすることが多いです。

これによって一定レベルの人材に育てる事は出来ても、そこから先へと成長する人としない人に分かれてしまいます。成長しない人は、教えてもらう環境を失い成長が止まるのです。一方で、さらに成長する人は、教えてもらえなくても自ら学び成長し続けます。

長い目でみると、子供でも大人でも、教えて伸びるよりも、自ら学び伸びることが重要なのです。戦略や戦術について、私がここにあれこれ書いたことを教えとしてインストールするのではなく、なぜこんな戦術や戦略が生まれるのか?どういう視点でバドミントンに触れるとそれに気が付けるのか?

こういった部分を大切にして欲しいのです。たった1セットの試合でも、学びを得る事が出来ます。普段の練習の中からも新しく学ぶことは沢山あります。真逆の視点で練習を眺めたり、練習中たった一つの事だけに着目したり、バドミントン以外のスポーツなどから関連するものを調査したりと、学ぶ姿勢があればどこへ行ってもいつまでも成長し続ける事が出来ます。

「誰々さんが言っていました。」私の大嫌いな言葉のひとつなのですが、それは自分で考える事を放棄した言葉に映るからです。教えてもらった事で終わってしまい自分でその内容について学びを得ていない。これがとても残念なのです。そしてこの言葉を頻繁に使う学ばない子には、もう教えてはいけないと思い「教えない」を貫きたくなるのです。

ジュニアの練習などを見ていても、教えたがりの経験者の保護者は本当に沢山います。それ自体は悪い事ではありませんが、教える側のスタンスとしては、「教えた事から、その子が何を学ぶか?」を大切にして欲しいなと思います。「教えたのになんで出来ないんだよ」「結果が出ない。じゃぁ、もっともっと教えなきゃ」と言いそうになったら、一度、その子の事をじっくり見てあげてください。学びをやめた思考停止っ子になっていないかをです。成長が止まったのは、教え過ぎてしまったからかもなと。

私も子供たちには沢山教えたいです。そしてもっともっと強くなって欲しいです。しかし、どんなに必死に教えても、子供たち自身が学ばなければ、強くはなれないのです。

だからと言って、「学べ」と子供に「教え」ても意味がありません。以下に「学ぶとはどういう事か?」の一例をあげておきます。物語を通じて感じてもらう、これが「学びを学ぶ」第一歩です。

みんなで、とある山を歩いていると、黒光りしたダイアの原石がみつかりました。みんな大喜びし、街に戻りそれを質屋で換金し楽しい夜を過ごしました。次の日、みんながまだ寝ている間に、ひとりの男が街を出て再び山に登りました。そして、それからの5年間、その男は他には目もくれず必死に働きお金を稼ぎました。そしてそのお金でみんなで登ったあの山を丸ごと買占め大金持ちになりました。そこにはダイアモンドの鉱脈が眠っていたのです。

たった一つのダイアの原石をみて、彼だけがそこにダイアモンドの鉱山があるかもしれないと考えました。なぜここに原石があるのか?原石があるという事は何を意味するのか?疑問に思ったことを調べ、調べたことから仮説を立てる。そして仮説を立てた事を検証してみる。自分の中にあるダイアの原石の磨き方を知っていた彼だけが1から10を得る事が出来たのです。

教えずに自分たちで考え始めるまで待つ。ヒントや見本をこっそり見せてあげながら待つ。子供たちが自ら学ぶ環境造りが大人の一番の仕事なのかもしれませんね。

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