2017/08/24 やる気と期待 バドミントンと環境

夏休み中にはと思っていた長男坊の中学へのバドミントン視察ですが、仕事的に余裕があったので、昨日会社を休んで練習を見に行ってきました。顧問の先生と職員室前の打合せスペースで最初に方向性と現在の課題のお話をきかせてもらい体育館へと向かいました。

女子の一部は試合であったので男子メンバーと女子の試合に出ない子達が、体操着やジャージ姿で体育館に集合していました。簡単な挨拶を交わして、練習風景を顧問の先生の隣でみさせてもらいまいました。

ランニングにストレッチにダッシュにリレーとアップをしている中学生。一番最初に目についたのが、その体の硬さでした。本当に中学生なの?と思えるような体カチカチの子が多く、うちの長男坊同様、小学生の時みんな運動はそれほどしてこなかったんだよなと改めて感じました。

先生曰く、「もっとハードな練習をさせたいのですが・・・怪我する子や倒れる子が出てくるのでなかなか出来ない。」確かに、この体の硬さや、心肺能力では負荷を考えないと怪我をしたり、ついてこれない子も出てきてしまうのかなと感じました。

練習はてきぱきどんどん進み、サーブ練習やノックなど普通といえば普通の練習が続きました。私もノッカーとして参加して生徒たちに練習内容を聞くのですが、毎度似たような練習をしているが、やった事がないような発言と、ぎこちない動きの子が多く、しっかりメニューを理解しきれていない子もいるのだなと感じましたが、一番の問題は「見本」なのかなと思いました。

練習メニューを口頭で説明しなんとなくやる事はわかっていても「イメージ」できない。見本となるような選手がいない。またノッカーの質も良いとは言えないので、何が正解なのかが漠然としている印象でした。普段、ジュニアの練習であれば「見本」を探すことはそれほど難しくはないのですが、それがいない世界での練習は質的に劣りやすいと感じました。

最初は、何が良くて何が悪いのか?これも良くわからずただただシャトルを返していた中で、ホメてあげるとこれで良いんだとやる気を出し、そこはNGといえば、「そうなんだ」と良い発見をしたぞとの顔をし、ひとりひとりが練習にさらに集中していく感じが面白かったです。

見本も無く、良い悪いの判断基準も無く、メニューにある事をやっているだけの練習作業。これが長男坊の中学の普段の練習でした。顧問の先生も、そこに刺激を与えようと努力はしてくれているものの、本気を出す。我武者羅に頑張る。こういう面を表にだせない恥ずかしがり屋が多いので、その刺激も「やる気を見せる事が下手」なため空振りになることが多かったようです。

顧問の先生には、「やる気が感じられないと先生は言っていましたが、それを表に出せない子が多いのでは無いですか?実際、私の担当したコートの子達は徐々に徐々に頑張りだしましたよ。」とお伝えしておきました。

勉強ではエリート軍団。しかし運動には苦手意識もあり、そもそも誰からも期待されていない。そこで頑張ったからと言っても、勉強の時のようには、誉めてはもらえない。それどころか勉強は大丈夫なのかと問い詰められる。こんな状況の中では、がんばる事が恥ずかしい事と思っても仕方がないのかなと。

アプローチを変える。まずは彼ら彼女らに「運動面でも期待をする」。保護者にも生徒にも、勉強と運動の両立で何が育つのか?この共通理解をしておく。こんな下準備があってこそ、彼ら彼女が「本気を出せる環境」になるのかなと感じました。

普段のジュニアの練習では当たり前にある前提環境。この大切さを感じた長男坊の中学練習でした。やる気が無いわけではない。やる気をみてくれる人が少ない。それが彼ら彼女らが殻を破れない原因なんだなと。基本的な運動能力として足りない部分は、息子を通じて練習メニューで改善しつつサポートしてあげたいなと思います。月に1回くらいは練習に顔を出して、ささいな変化かもしれませんが成長のスパイスになれたら良いなと思います。

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